Moraine Lake Sunrise
今年8月、36年ぶりにカナディアンロッキーを旅してきました。
最初に訪れたのは、12歳の夏休み。家族とカナダに引っ越してきて、父が最初に連れて行ってくれた場所でした。子どもながらに、大迫力の自然とその美しさに強く心を打たれたことを、今でも鮮明に覚えています。そして長い年月を経て、再びロッキーへ…。
今回の旅のきっかけは、カナダ政府が打ち出した「Canada Strong Pass」でした。2024年6月20日から9月2日まで、国立公園の入場料が無料となり、キャンプ場も割引対象に! 国内旅行を促進し、カナダの奥深い魅力を再発見してもらおうという、まさに太っ腹な取り組みでした。それを知った瞬間、迷わず「今年の夏はカナディアンロッキーを旅しよう」と決めたのです。
カナディアンロッキーは、私の住むBC州の隣、アルバータ州の西側にあります。世界遺産「カナディアンロッキー山脈自然国立公園群」として登録されていて、バンフ、ジャスパー、ヨーホー、クートニーの4つの国立公園と3つの州立公園が含まれます。ただ、隣とはいえ片道約850km。高速でノンストップでも10時間以上かかる距離です。しかもBC州とアルバータ州の間には1時間の時差もあり、旅の計画を立てるたびに「カナダって、やっぱり途方もなく広い国だな」と実感させられました。実際、今回の旅ではロッキーの主要拠点であるバンフとジャスパーを巡り、合計でなんと2,585kmを走行しました。
36年ぶりに再訪したカナディアンロッキーを、今の自分はどんな風に感じるのだろう。とても楽しみにしていたと同時に、どうしても体験したいことがありました。それが、「モレーンレイクの日の出」鑑賞です。モレーンレイクは、レイクルイーズと並んでロッキーの象徴的な存在。標高1,884メートルに位置し、ターコイズブルーの湖面が特徴です。背景には標高3,000メートル級のテン・ピークスが連なり、その雄大な景色は「世界で最も美しい湖」とも称されています。旧20カナダドル紙幣にも描かれていた湖です。この湖の日の出が、息を呑むほど美しい ~ そう噂を聞いて以来、自分の目で見てみたいと強く思ったのです。

モレーンレイクは、10月中旬から翌年6月1日までは雪に閉ざされ、人が入ることはできません。
さらに2023年からは一般車両の立ち入りが禁止され、公的または限られた民間のシャトルバスでしかアクセスできなくなりました。特に人気の「日の出鑑賞バス」は、早朝4時または5時発の2本のみ。すぐに売り切れてしまうのですが、幸運にも直前で民間シャトルの4時発の席を確保できました。滞在先のバンフ中心部からシャトルの発着場までは1時間の距離。起床はなんと午前2時半!真っ暗なハイウェイを走り、無事バスに乗車。20名ほどの「日の出ハンター」たちと共に、シャトルで約20分かけてモレーンレイクに到着しました。
夜明け前の山中、2日前が満月だったこともあり、ヘッドランプがなくても足元を月明かりが照らしてくれました。月光を頼りに短いトレイルを歩き、湖畔のビューポイントへ。予定されていた日の出時刻は午前6:27。氷点下に近い寒さの中で、2時間余りの待機に不安もありましたが、意外と時間はあっという間に過ぎていきました。

夜の湖畔には夜ならではの美しさが広がっていて、人工の光が届かないからこそ見える、満天の星空と流れ星、黒いシルエットの山々、そして白く浮かび上がる氷河。漆黒の中で、湖面には月明かりが「ムーンロード」となって輝いていました。すべてが眠っている「静」の世界から、夜明けが近づく「動」の世界への移ろいを体感するのも、とても粋な時間でした。


空が徐々に明るくなり、いよいよ日の出の瞬間!

太陽に温められた空気が、氷河を通じて下へと流れ、体感温度が一気に下がったかと思えば、今度はテン・ピークスの一番奥の頂が眩しいオレンジ色に染まり始めました。それはゆっくりと手前へと移り、まるでキャンドルに火を灯すように、ひとつずつ山頂を照らしていきます。その幻想的な光景は、まさに息を呑む美しさでした。カメラのファインダー越しではもったいなく感じ、自分の目にしっかり焼きつけようと、ただただ見惚れていました。


そして、辺りが明るくなるにつれ、モレーンレイクの有名なコバルトブルーの湖面が、刻一刻とその鮮やかさを増していく…。

きっとどんな言葉をもってしても、この光景を完全に描写することは難しいでしょう。大自然が生み出す壮大な景色を前に、言葉という存在が、とても薄っぺらく感じられる瞬間でした。太古の昔から、毎日変わらず繰り返されてきた、自然が見せてくれる「ゴールデンアワー」のひととき。人の手が一切加わらない、自然のみの景色と、「日の出」というそのシンプルな営みに、こんなにも心動かされることが、生きている証のようなものにさえ感じました。

「今まで見てきた景色の中で、最も美しかったのは何ですか?」と聞かれたら、私は迷わず「モレーンレイクの日の出!」と答えるでしょう。100年先も、200年先も、この景色が変わらず続いてほしい。心からそう願わずにはいられない、そんな旅となりました。
カナディアンロッキーは、36年経った今もなお、私の心を深く揺さぶり、壮大な自然のショーの数々を見せつけてくれました。そして「Canada Strong Pass」の狙い通り、私は再び、カナダの大自然の魅力の虜になったのです。